仕事

祖父は 三時に起きて 大八車を引き
岐阜の駅まで 取り出しに行った
寒い朝も 冷たい雨の日も
時計のような 正確さで 新聞を配った
望まれて 岐阜から 東京に移り
律儀な努力家の明治人として
八人の子供と仕事を育てた

長女の母は 夫の出征中
上の子供を 疎開に出し
二人の幼児をかかえて 新聞を配った
三月十日の未明 火の海になった町で
逃げ切ることはできなかっただろう
東京大空襲死者十一萬人の三人になった

戦争が済んで 中支から引き揚げた父は
妻や子の骨の埋まる土の上を
自分と 残された娘の為に 新聞を配った

生まれた町から遠く離れて
夫と一緒に 自転車のペダルを踏んだ朝から
私の仕事は始まった
祖父から父母へ 父母から私に託された
この仕事は 母の生命の重みなのだと
私は 心に言いきかせる

今朝も 貴方の家のポストに
まあたらしい新聞が配られている
水のように 空気のように





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