手
午後の病室
天井から下がったガラス瓶から
黄色の点滴液が
左手の甲から 父の体に入ってゆく
六年の闘病生活で
細長く しなやかになった手は
若い日 播州相生湾で
抜き手を切り ペイロンを漕いだ
苦学生として モールス信号を打ち
たまにはビリヤードに興じた手
戦場から戻って 苦渋にみちた日々
わけもなく食卓を倒し 私を叩いた手は
一枚の紙のしわを伸ばし
一筋の縄もむだにせずと
私に商売の心を教えた
今 父の手は 私の掌の中にある
仕事を継いだ娘は
握りかえしてくれない手を
忘れまいと じっと握りつづける
目次へ
次の詩
前の詩