いかなご貧乏

市場の入口の茶店では
縁台に毛氈をしいて
客に 茶をふるまってくれる
婆様が一人 ゆうゆうと茶をの飲んでいる
「春になると 貧乏になりまんなあ
いつもつんとした嫁さんが
ばあちゃんの佃煮が一番うまいと
べんちゃらを言うてきますがなあ」

この町の主婦は 冬のうちから
安い醤油 ざらめを探し 生姜を買い調え
いかなごの到来を待つ
一キロ千円で始まり 五日 一週間
じっと値下がりを待つ
一キロ九〇〇円 八〇〇円 七〇〇円

数日前から 今年は不作だ
架橋の影響で潮が変わった と
まことしやかな情報が流れ
人々は たちまち買いに出た

九時三十分 魚屋の店頭に軽トラが着く
並んで 並んで
袋とお金が交換され あっという間に
トラックは空になる
買えなかった人々は予約を入れ帰っていく

婆様は まだ茶をすすっている
「わたしは 一度に三キロも煮きますでのう
専用の金だらいで」
魚屋の若い衆がビニール袋を下げてきた
「一ヶ月後に ガス代がたんときますやろ
これが いかなご貧乏いいますんや」
自慢気に 今年もまた貧乏できる甲斐性を
背中を見せて 婆様は歩きだす
三キロの いかなごをかかえて





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